カナダ国旗

1948年からずっと、
かけがえのない思い出をつくり続けています

家を建てるなら、
森の中、田舎、湖のほとり、海を見下ろす丘、
あるいは都会の一角のどこであっても、
自然を心から身近に感じられる家が、ここにあります。

レガシー

1948年、デンマークの大工の棟梁だったオーエ・イェンセン(Aage Jensen)は、平穏で癒される大自然の中に誰もが別荘を建てられるようになることを夢見ていました。その理想を軸に、Pan-Abode(パナボード)という社名が選ばれました。Panは、自然や農牧の神として古くから崇拝されてきたギリシャの牧神パンにちなんだものです。イェンセンはそれまで培ってきた大工技術と木材の特質についての知識を活かし、インターロッキング建築システムと「ロックジョイント」コーナーを考案し、それが今ではPan-Abodeの代名詞となっています。
イェンセンは、優秀なエンジニアでビジネスマンのアルバート・シュタイナー博士(Albert "Doc" Steiner)とパートナーを組み、パナボードの夢を手頃な価格で築き上げることができるようにしたのです。先見の明があるこの二人のエネルギーがひとつになり、カナダ発祥のパナボードの家は北米中の湖のほとりで見かけるようになり、アメリカ大陸のコテージ文化の進展において重要な役割を担いました。またキャンプ場、鉱山採掘現場、教会、フィッシングロッジ、ホテル、モーテル、レストラン、ガソリンスタンド、銀行などもパナボードのログを使って建てられています。オーエ・イェンセンとシュタイナー博士の共同事業は徐々に拡大し、パナボード独自の商品をカナダ、アメリカ、そして世界中に提供する販売店のネットワークを築きました。これには、南極大陸にある研究施設も含まれています。

日本での歴史

パナボードの家は世界中にあります。パナボードの歴史において日本は大変重要な位置を占めてきました。
1970年代以降、日本の施工業者や開発業者が高品質かつ手頃な価格で「リゾートライフ」の豊かさをお客様に提供したいと思っていた矢先、まさにそれを叶えるパナボードの家と出会ったのです。
そして北海道から沖縄まで、日本中に数多くのパナボードの家を建ててきました。過去にパナボードで家を建てたお客様が20年、30年経っても最高の住み心地だと誇らしげに家を見せてくれることに、この上ない感動を覚えます。日本の非常に厳しい気候では、多くのログハウスが品質に関する問題を抱えているのに対し、パナボードは独自の加工方法と高品質のウェスタンレッドシダーを使用することにより、ログハウスはとても良好な状態で維持されています。現在でも、日本のログハウス業界ではカナダのパナボードの名が伝説となっています。